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| 〜スウェーデンの最先端歯科医療を日本へ〜 | |||
| 出会いの不思議〜その1〜 | |||
スウェーデンという国は、ヨーロッパ諸国と陸続きであるか、隣国デンマークから船で出入りすることが多くどちうかというと“島国”のような感じがする国である。国民性は温和で恥ずかしがりやで、どこか日本の東北人のような印象がある。懇意になるまでは時間がかかるがひと度理解しあうと差別はしないし、親切であり、自分が外国人(日本人)であると感じたことは、5年間の留学中殆どなかった。もっとも、そのようになるのに3年という時間を必要としたが。
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| 出会いの不思議〜その2〜 | |||
私は、勉強の出来る場所が見つかったと感じたが、英語力に多少の心配があった。自分が本当に望んでいるものは何かをじっくりと考える時間を持つ。「リンデ教授の元で勉強がしたい」これが悩んだ末の私の結論であった。私は、リンデ教授とニーマン教授のコースを受講した。4日間のコースであったが、時差や疲れのためついつい居眠りをすることもあったが、テープに収録した事が、後で重要な教科書の役割を果たしてくれた。コースの中でのニーマン教授の「マイクロバイオロジィー(細菌学)」の講義では、それまで私が習得していたものをはるかに超える内容に大きなショックを受けた。
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| 出会いの不思議〜その3〜 | |||
「男女平等」という言葉を多く耳にするが、「男女平等」ということに対して、日本ではその意味合いが誤って解釈されているような気がする。しかし、スウェーデンには本当の「男女平等」が存在している。女性でも、実力が伴っていれば、政治家にも大学教授にもなれる。実際に多くの女性が各分野において、男顔負けの活躍をしている。その数は日本と比較してはるかに多い。私の担当教官、エリザベス・ベストフェルドとアンジェラ・ベンスツルムという2人の女性も、こうした環境の中で認められた女性トゥータであった。
1993年に研究の成果が認められ、イエテボリ大学から学位を授与された私は、家族とともに5年ぶりに日本へ戻った。帰国した私は、日本に残しておいたオフィスの立て直しに2〜3年の時間を費やした後、1996年に東京・日比谷にスウェーデン・テンタルセンターを開設した。オフィスでは、イエテボリで培われた科学的な治療体系を日常の臨床に積極的に採り入れている他に、希望する多くの臨床家に勉強の場を提供する研修会を開いている。この研修会には、海外からも講師を招く事が多く、研修会への参加者も含めた方々の便利さも考慮して、東京・日比谷にオフィスを構えている。私の後に、代診らを毎年イエテボリに留学させているが、今年帰国する代診でもう5人目になる。これからも、このシステムを継続させ、患者にとって安心で安全で確実な治療を心がけていきたい。今思えば、1986年にペンシルベニア大学で初めて出会ったDr.リンデとDr.ニーマン、この2人から教わった事、「歯周病も虫歯も感染症」という事実を確認・実証出来た事が、今の私の診療哲学を確立するスタートラインであったように思う。 | |||
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