しかし、歯に棒を差し込まれているというよりも、不思議と痛くは無いのだが、眼の下あたりまで挿入されている感じで違和感はある。こんなに奥までばい菌で侵されていたのかと思うと暗澹たる気持であった。先生も「よくこんなになるまで放っておきましたね。普通は痛くて我慢出来ないはずなんですが。」と言う。そうして治療が続けられて行き約3時間が経過したところでやっと、「終わりました。もし、2〜3日の内に異常を感じる様ならすぐに連絡を下さい。酒は痛くなければ飲んでもいいですが、歯が割れ易い状態になっていますので来週来る迄は固いものは噛まないで下さい。」とのことで開放された。
そして、1週間後のドイツに戻る前日に再度診察を受けに行った処「一応洗浄は上手く行っています。多分これでいけると思いますので、今日型を取ります。このままドイツに帰ったら様子を見て、次の出張の予定が決まったら連絡を下さい。来院出来る日に合わせて冠を作っておきます。」とのことだった。「先生、もしドイツで又突然痛くなったらどうしたらいいんでしょうか?」と以前からの疑問を恐る恐るぶつけてみた処、「薬を差し上げますので、痛くなったらそれで次に日本に来るまで我慢して下さい。もしどうにも我慢が出来なくなったら、その時は諦めてドイツの医者に行って抜いてもらうしかありません。その際、単に『この歯を抜いてくれ』とだけ言って他の治療は一切しないで下さい。」とのことだった。又新たな不安が芽生えて来た様な気もしたが、しかし、やり始めたことなので、今更後戻りは出来ない。
そして、ドイツで暗くて寒い冬が終わり春になって、最初に弘岡先生に診てもらってから4ヶ月が過ぎようという頃、再度日本出張の話しが持ち上がった。早速弘岡先生に連絡を取り、診療日を決めてもらった。その間4ヶ月は、今となっては短かった様な気もするが当時の心境としては実に長かった。先生には「仮歯といっても頑丈に作っていますから普通にものを食べて大丈夫です」とは言われていたが、既に型を取ってしまっているので、ヘタに固いものを噛んで今の歯の形が変わってはいけないとの素人考えで、日本から来たお客さんと食事する場合でも、ドイツ料理なら、ドイツ名物の豚の骨付き丸焼きは控えなるべくジャガイモ料理で我慢する。日本料理を食べる際には専ら湯豆腐にするとか、それなりの苦労はした。お陰で、体重が増えず少しは中年太りも防げて一石二鳥だったかもしれないが…
そして、多少の不安を感じつつも弘岡先生を訪れた処、再度入念なレントゲンを撮った後、先生が仮歯を外して、例の如く丁寧に観察した結果「大丈夫の様です。このまま化膿が進行する恐れはありません。未だ完全に治ってはいませんが、あなたの場合仕方ありませんので、このまま冠を被せます。ヒビが完全に割れてしまわない様歯を固定すると共に、傾斜を付けて噛み合わせる際圧力がかからない様に工夫しておきますので、まずこれで完全に治ると思います。」とのことだった。そしてその日は、前回とは異なり麻酔をしてから治療を行ない、その日の内に冠を被せてもらった。最後に日本を発つ前日に仕上げをしてもらい、たった4回の診療ではあったが、4ヶ月に亘る歯の治療が完了したのである。
私の歯科奮戦記も意に反して長くなってしまい、ここ迄辛抱強く読んで頂いた方は、「随分大袈裟な」とお思いかも知れない。実際、日常の生活では歯に気を付けるということは余り無いし、それに、歯の場合は、胃痛や頭痛とは違って多少痛くなっても原因と症状と今後の成り行きが素人乍ら判る(様な気がする)ので心配するということは無く、「たかが歯だから」とか「まぁ、所詮歯だから」と安易に考えて長い間そのままにしていることも多い。しかし、他の病気と違って歯は一度悪くなると自然治癒ということは無いのだし、それに、髪の毛や爪と異なり一度取ってしまえば又生えて来るということも無い。弘岡先生も患者さんの歯はどんなに末期症状であっても安易に抜かず、最後の最後まで残す努力をするそうだ。1本でも自分の歯で無ければ噛み合わせも崩れて来るし、それが元でいろんな症状/病気の遠因にもなるとのことだった。
後で判ったことだが、弘岡先生の医院には全国津々浦々から患者が押し寄せるのは勿論、海外からも診察を受けに来る人が後を絶たないという。それでも、先生に依ると私が『一番遠くから来た患者』だということだった。私も、偶々仕事上の出張を利用して治療したのだから余り威張れたものでは無いかもしれないが、忙しい出張の合間を縫って歯を治すことが出来たのは幸運だったと思うと同時に、弘岡先生という人に巡り会うことが出来、本当によかったと思う。
弘岡先生の治療を通じて一番感じたことは、先生の歯を通して患者さんの体全体の健康のことを考える姿勢と、可能性のあることにはどんなに困難が付きまとい回り道の様に思えてもベストを尽くす姿であった。私の様なサラリーマンの仕事はお医者さんの如き尊いものではないが、それでも、私も単に生活の糧を得るのみでは無く、日々の地道な仕事を通じて、少しでも社会全体に貢献出来る様努力しなければならないということを改めて教えられたのであった。